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東京高等裁判所 平成7年(う)1519号 判決 1996年3月06日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人芦田浩志が提出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。

一  公訴権濫用の論旨について<略>

二  法令適用の誤りないし訴訟手続の法令違反の論旨について

論旨は、(1)捜索差押令状の執行に際し、警察官が令状を呈示しないまま、無断で合鍵を用い、立会人なしに被告人方に立ち入ったのは、刑法一三〇条に該当し、憲法三五条に違反する、(2)捜索差押令状の執行に際し、被告人が弁護士と連絡をとるのを警察官が拒んだのは、違法である、(3)本件捜査手続全体が憲法三一条に違反する、などというのである。

1  所論(1)について検討する。

本件における捜索差押令状の執行過程は、おおむね原判決が「争点に対する判断」の項一の2において説示するとおりであるが、関係証拠によってその要点を摘示すれば、以下のとおりである。

<1>警視庁葛西警察署の警察官六名は、被告人に対する覚せい剤取締法違反(所持)被疑事件について、被告人方居室である○○ホームズ三〇八号室を捜索場所とする捜索差押令状の発付を受けた上、平成六年八月二日朝、被告人方へ赴いた。<2>警察官は、被告人が室内にいると判断して同令状を執行することとしたが、差押の対象が証拠隠滅の容易なものであること、被告人が暴力団員で覚せい剤取締法違反の前科三犯を有しており、証拠隠滅が懸念されたこと、捜索差押場所が被疑者本人の部屋であって第三者の居室ではなかったこと等から、来意を告げることなく、○○ホームズ三〇八号室を管理している不動産会社からあらかじめ借り受けていた合鍵を用いて入口ドアを開け、室内に立ち入った。<3>警察官は、室内に立ち入ると、直ちに洋間のソファーの上にいた被告人に対し、田村信雄警部において捜索差押令状を呈示し、被疑事実の概要などを説明した上、被告人を立会人として捜索を開始した。

なお、被告人は、原審及び当審において、警察官が被告人方に立ち入ってから直ちに被告人に同令状を呈示したことはない旨供述するが、前記<3>の認定に沿う警察官織川修治、同小川望、同田村の各証言は、田村が被告人に令状を呈示している場面を撮影したポラロイド写真が存在すること(捜索差押状況証拠品写真撮影報告書添付の写真1)、同写真が当日被告人方で撮影された一四枚のポラロイド写真のうちの最初の一枚であること(フィルム裏面印字に関する捜査報告書等)によって客観的に裏付けられており、十分信用できるのであって、これに反する被告人の右供述は信用し得ない。

ところで、刑訴法二二二条一項、一一〇条、一一一条一項、一一四条二項は、捜索差押令状は処分を受ける者にこれを示さなければならず、また同令状の執行については錠をはずすなど必要な処分をすることができ、更に同令状の執行をするときは住居主等をこれに立ち会わせなければならない旨規定しているが、これらの規定は、刑事事件につき捜索差押によって証拠を確保すべき要請と捜索差押を受ける者の人権に配慮すべき要請の調和を図る法意に出たものと解される。前記認定事実によれば、警察官は、被疑者方を捜索場所とする捜索差押令状の執行に当たり、被疑事件の内容、差押対象物件の性質、被疑者の前科及び経歴などから証拠の隠滅を懸念し、被疑者を立会人とする予定の下に、来意を告げることなく合鍵で被疑者方へ立ち入り、直ちに被疑者に令状を呈示した上、被疑者を立会人として具体的な捜索差押活動を開始したものである。右のような捜索差押令状の執行手続は、本件における具体的な事実関係の下においては、捜索差押の実効性を確保するために必要であり、その手段方法も社会通念上相当な範囲内にあるものと認められるから、刑訴法の前記各関係規定の法意に照らし、来意を告げることなく合鍵で被疑者方へ入室した点は、令状執行に必要な処分として許容されるものであり、右のような方法で入室した後に至って令状を呈示し被疑者を執行に立ち会わせた点も、これらの規定に違反するものではなく、もとより刑法一三〇条の罪に該当するものでもない。したがってまた、憲法三五条違反の主張も前提を欠く。所論は採用できない。

2  所論(2)について検討する。

被告人は、原審及び当審において、本件捜索差押令状の執行に際し弁護士と連絡をとりたいと言ったが、警察官に拒絶された旨所論に沿う供述をしている。しかし、この点の原判断に沿う警察官田村、同小川、同織川の各証言は、被告人が弁解録取や勾留質問において弁護人を選任したい旨の申出をしていないこと、原審裁判所からの弁護人選任に関する照会に対して被告人の方で私選弁護人は選任しない旨回答していること等の記録上明らかな客観的事実とも符合するものであって、信用性が高く、これに反する被告人の右供述は信用できない。したがって、本件捜索差押令状の執行に際し、被告人が弁護士と連絡をとりたい旨訴えたという被告人の供述は信用できないとした原判断に誤りがあるとは認められず、所論は採用できない。

3  所論(3)は、所論(1)、(2)を前提として、本件捜査手続全体が憲法三一条に違反する旨をいうものであるが、所論(1)、(2)が採用し得ないことは、右1及び2で検討したとおりであるから、所論は前提を欠くものであって、採用することができない。

4  その他、所論にかんがみ逐一検討しても、原判決に法令適用の誤りないし訴訟手続の法令違反があるとは認められない。論旨は理由がない。

三ないし六<略>

七 よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条により当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤文哉 裁判官 金山薫 裁判官 永井敏雄)

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